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宮司のことば


 今年は佐伎治神社の式年祭が行われる年です。人口の割にはとてもスケールの大きい祭りなので式年大祭と言ってきました。巳年と亥年に実施され、「高浜七年祭」として福井県の無形文化財に登録されています。この祭りが文献に登場するのが永禄12年(1569)で、そこから数えると今年で450年目に当たりますので、それを記念して神社のホームページを立ち上げました。祭りの話はもちろんですがこの神社ならではの話など紹介していきたいと思います。
          宮司 赤坂康夫

其の一 七年祭に想う


 六年に一度という周期で執り行われるこの祭りは、費やされる時間、エネルギー共に半端ないものです。二月より各区でお囃子、踊りなどの練習が週三~五回のペースで行われ、老若男女問わず区民の皆さんがいろいろな形で祭りに関わっていくことになります。

 六年の間には社会の状況が変化するので氏子の皆さんは祭りの準備や芸能の稽古などで随分と困難を感じられているに違いありません。

 それでもふたをあけてみると祭りは毎回、これでもかという盛り上がりをみせて他所から見に来られる人を圧倒します。

「この小さな町に見合わないような大きな何か」が起こるのです。

「人の力」「土地の力」「神の力」が渾然一体となった”特別な時間”が今年もやってきます。


    平成31年3月吉日

其の二 お神輿


 境内の桜の花びらが舞い散る頃から七年祭の準備は慌しさを増していきます。
 各部所では幾度となく会議が行われ、細部にわたり人員の配置等が決められます。

 今回は「お神輿」に関わる人たちのお話をします。
 七年祭では三基の神輿が七日間のうち三日間巡行します。
 一番大きくて古い「中ノ山」の神輿は”荒ぶる神”と呼ばれる素戔嗚命を祭神とします。
「東山」の祭神は稲田姫命。女神の神輿らしく全体が美しい金色です。
「西山」の祭神は大己貴命で、素戔嗚命と稲田姫命の子(日本書紀)とも孫(古事記)とも言われています。

 この三基の担ぎ手は「駕輿丁」と呼ばれ合わせて三二○名。白装束に身を包んだ彼らは「持ち運びされる神社=神輿」を任された人々です。
 裃姿で神輿に付き添うのは「警固」と呼ばれる人達で三基で約一六○名。
 各区の本陣は十二ヶ所あり、そこでは羽織姿の人々が神輿や芸能を待ち受けます。一ヶ所で二名として二十四名。

 神輿の巡行経路には「駐輦所」と呼ばれる休憩所が五十四ヶ所あり、そこで各神輿の駕輿丁たちが接待を受けます。
 その接待に関わるご婦人方の数は正確には把握出来ませんが、全部で二○○名ほどでしょうか。

 一度の神輿の巡行に伴い総勢七○○名ほどの人々が関わる事となり、三回ともなればその数は延べ二、○○○名を優に超えていきます。

 これは神輿の大きさ、重さのためではなく神様を敬う人々の、今も昔も変わらずこの人数を必要と感じている気持ちの表れと言えるでしょう。

 次は神様に捧げる「芸能」に関わる人々を紹介します。


    平成31年4月20日